世界ボクシング界の「生けるレジェンド」。バリバリの現役を続ける「歴史上の人物」。それがマニー・パッキャオ選手です。
コロナ禍で不透明な部分はありますが、今夏にも再び試合が噂されるパッキャオ選手。その輝かしい戦歴とは?息子もボクシングが強いという説は本当でしょうか。パッキャオ選手のこれまでと現在をご紹介します。

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マニー・パッキャオの戦歴
マニー・パッキャオ。本名エマヌエル・ダピドゥラン・パッキャオ選手はフィリピン出身の41歳です。近代ボクシング史上2人しかいない世界6階級を制覇した伝説の王者であるとともに、プロモート活動も行ったり、母国フィリピンでは上院議員を務めるかたわら、国内プロバスケットボールチームの選手兼ヘッドコーチでもあるという「スーパーマルチ人間」です。
身長166cmと成人男性としては小柄ながら、フライ級からスーパーウェルター級まで自在に体重を増やし、ことごとく王者となってきた天才。フェザー級でバレラ、スーパーライト級でハットンという「世界最強」と目された実力者にも圧勝しているため、海外では「8階級制覇王者」と呼ばれることもあります。

格闘技が盛んな母国でも抜きんでた英雄であり、まさに〝神〟のようなアジアが誇る超人。プロ戦績は71戦62勝(39KO)7敗2分けです。
その戦歴は短い文章ではご紹介しきれないほど濃密。世界の各階級で、並み居るトップクラスの強豪王者をことごとくなぎ倒しています。ごく一端を列挙してみました。
・メキシコの伝説的4階級制覇王者モラレスと対戦。初戦敗退も再戦、再々戦で圧勝して決着をつけた。
・やはりメキシコの強豪・3階級制覇王者マルコ・バレラを2度破る。03年の初戦のKO勝利はパッキャオ伝説の〝始まり〟。
・またまたメキシコのスター・4階級制覇王者ファン・マルケスと計4度も対戦。引き分け・判定勝ち2回の後、12年の4戦目では6Rに相手右ストレート直撃で失神・痙攣する壮絶なKO負け。
・これもメキシコのレジェンド、後にパッキャオ選手が並ぶことになる、史上初の6階級制覇者オスカー・デラホーヤと対戦。体格差から「不可能」とされた夢の試合で、予想を覆しパッキャオが8RTKO勝ち。

・15年にメイウェザーJrと「世紀の1戦」。判定負けだったがメイウェザー270億円、パッキャオ184億円という目のくらむファイトマネーも話題で、史上最多収入試合に。
他にもハットン、マルガリート、モズリーら数々の実力者を寄せ付けなかった強さのパッキャオ選手。その戦歴一覧は以下の通りです。
パッキャオの戦歴一覧
戦 | 日付 | 対戦相手 | 国籍 | 対戦相手戦績 勝 負 分 | 勝敗 | 時間 | 内容 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2021年8月21日 | ヨルデニス・ウガス | キューバ | 25 4 0 | 敗北 | 12R | 判定0-3 | WBAスーパー世界ウェルター級タイトルマッチ | |
71 | 2019年7月20日 | キース・サーマン | アメリカ合衆国 | 29 0 0 | 勝利 | 12R | 判定2-1 | WBA世界ウェルター級王座統一戦 WBA防衛2 |
70 | 2019年1月19日 | エイドリアン・ブローナー | アメリカ合衆国 | 33 3 1 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBA防衛1 |
69 | 2018年7月15日 | ルーカス・マティセー | アルゼンチン | 39 4 0 | 勝利 | 7R 2:43 | TKO | WBA世界ウェルター級タイトルマッチ |
68 | 2017年7月2日 | ジェフ・ホーン | オーストラリア | 16 0 1 | 敗北 | 12R | 判定0-3 | WBO王座陥落 |
67 | 2016年11月5日 | ジェシー・バルガス | アメリカ合衆国 | 27 1 0 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBO世界ウェルター級タイトルマッチ |
66 | 2016年4月9日 | ティモシー・ブラッドリー | アメリカ合衆国 | 33 1 1 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBOインターナショナルウェルター級王座決定戦 |
65 | 2015年5月2日 | フロイド・メイウェザー・ジュニア | アメリカ合衆国 | 47 0 0 | 敗北 | 12R | 判定0-3 | WBA・WBC・WBO世界ウェルター級王座統一戦 WBO王座陥落 |
64 | 2014年11月22日 | クリス・アルギエリ | アメリカ合衆国 | 20 0 0 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBO防衛1 |
63 | 2014年4月12日 | ティモシー・ブラッドリー | アメリカ合衆国 | 31 0 0 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBO世界ウェルター級タイトルマッチ |
62 | 2013年11月23日 | ブランドン・リオス | アメリカ合衆国 | 31 1 1 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBOインターナショナルウェルター級王座決定戦 |
61 | 2012年12月8日 | ファン・マヌエル・マルケス | メキシコ | 54 6 1 | 敗北 | 6R 2:59 | KO | — |
60 | 2012年6月9日 | ティモシー・ブラッドリー | アメリカ合衆国 | 28 0 0 | 敗北 | 12R | 判定1-2 | WBO王座陥落 |
59 | 2011年11月12日 | ファン・マヌエル・マルケス | メキシコ | 53 5 1 | 勝利 | 12R | 判定2-0 | WBO防衛3 |
58 | 2011年5月8日 | シェーン・モズリー | アメリカ合衆国 | 46 6 1 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBO防衛2 |
57 | 2010年11月13日 | アントニオ・マルガリート | メキシコ | 38 6 0 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBC世界スーパーウェルター級王座決定戦/6階級制覇 |
56 | 2010年3月13日 | ジョシュア・クロッティ | ガーナ | 35 3 0 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBO防衛1 |
55 | 2009年11月14日 | ミゲール・コット | プエルトリコ | 34 1 0 | 勝利 | 12R 0:59 | TKO | WBO世界ウェルター級タイトルマッチ/5階級制覇 WBC世界ウェルター級ダイヤモンド王座決定戦 |
54 | 2009年5月2日 | リッキー・ハットン | イギリス | 45 1 0 | 勝利 | 2R 2:59 | KO | IBO・リングマガジン認定・世界スーパーライト級タイトルマッチ |
53 | 2008年12月6日 | オスカー・デ・ラ・ホーヤ | アメリカ合衆国 | 39 5 0 | 勝利 | 8R終了 | TKO | — |
52 | 2008年6月29日 | デビッド・ディアス | アメリカ合衆国 | 34 1 1 | 勝利 | 9R 2:24 | KO | WBC世界ライト級タイトルマッチ/4階級制覇 |
51 | 2008年3月15日 | ファン・マヌエル・マルケス | メキシコ | 48 3 1 | 勝利 | 12R | 判定2-1 | WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチ/3階級制覇 リングマガジン認定・世界スーパーフェザー級王座決定戦 |
50 | 2007年10月6日 | マルコ・アントニオ・バレラ | メキシコ | 63 5 0 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBCインターナショナル防衛5 |
49 | 2007年4月14日 | ホルヘ・ソリス | メキシコ | 34 0 2 | 勝利 | 8R 1:16 | KO | WBCインターナショナル防衛4 |
48 | 2006年11月18日 | エリック・モラレス | メキシコ | 48 4 0 | 勝利 | 3R 2:57 | TKO | WBCインターナショナル防衛3 |
47 | 2006年7月2日 | オスカー・ラリオス | メキシコ | 56 4 1 | 勝利 | 12R | 判定3-0 | WBCインターナショナル防衛2 |
46 | 2006年1月21日 | エリック・モラレス | メキシコ | 48 3 0 | 勝利 | 10R 2:33 | TKO | WBCインターナショナル防衛1 |
45 | 2005年9月10日 | ヘクトール・ベラスケス | メキシコ | 42 10 2 | 勝利 | 6R 2:59 | TKO | WBCインターナショナルスーパーフェザー級王座決定戦 |
44 | 2005年3月19日 | エリック・モラレス | メキシコ | 47 2 0 | 敗北 | 12R | 判定0-3 | WBCインターナショナル・IBA世界スーパーフェザー級王座決定戦 |
43 | 2004年12月11日 | ファーサン・3Kバッテリー | タイ | 44 7 1 | 勝利 | 4R 1:26 | TKO | IBF世界フェザー級挑戦者決定戦 |
42 | 2004年5月8日 | ファン・マヌエル・マルケス | メキシコ | 42 2 0 | 引分 | 12R | 判定1-1 | WBA・IBF世界フェザー級タイトルマッチ |
41 | 2003年11月15日 | マルコ・アントニオ・バレラ | メキシコ | 57 3 0 | 勝利 | 11R 2:56 | TKO | リングマガジン認定・世界フェザー級タイトルマッチ |
40 | 2003年7月26日 | エマヌエル・ルセロ | メキシコ | 21 0 1 | 勝利 | 3R 0:48 | KO | IBF防衛4 |
39 | 2003年3月15日 | エリクザーン・イェシュマンベトフ | カザフスタン | 17 5 1 | 勝利 | 5R 1:52 | TKO | — |
38 | 2002年10月26日 | ファーブラコム・ラキットジム | タイ | 37 2 0 | 勝利 | 1R 2:46 | TKO | IBF防衛3 |
37 | 2002年6月8日 | ホルヘ・エリセール・フリオ | コロンビア | 44 3 0 | 勝利 | 2R 1:09 | TKO | IBF防衛2 |
36 | 2001年11月10日 | アガピト・サンチェス | ドミニカ共和国 | 31 9 2 | 引分 | 6R 1:12 | 負傷判定 1-1 | IBF・WBO世界スーパーバンタム級王座統一戦/IBF防衛1 |
35 | 2001年6月23日 | レーロホノロ・レドワバ | 南アフリカ共和国 | 33 1 1 | 勝利 | 6R 0:59 | TKO | IBF世界スーパーバンタム級タイトルマッチ/2階級制覇 |
34 | 2001年4月28日 | ウェタヤ・サクムアンクラン | タイ | 40 3 0 | 勝利 | 6R 2:49 | KO | WBCインターナショナル防衛5 |
33 | 2001年2月24日 | 千里馬哲虎 | 日本(千里馬神戸) | 19 4 3 | 勝利 | 5R 1:06 | TKO | WBCインターナショナル防衛4 |
32 | 2000年10月14日 | ナデル・フセイン | オーストラリア | 19 0 0 | 勝利 | 10R 1:48 | TKO | WBCインターナショナル防衛3 |
31 | 2000年6月28日 | 蔡昇坤 | 韓国 | 23 0 0 | 勝利 | 1R | TKO | WBCインターナショナル防衛2 |
30 | 2000年3月4日 | アーネリル・バロテリオ | フィリピン | 22 9 3 | 勝利 | 4R | KO | WBCインターナショナル防衛1 |
29 | 1999年12月18日 | レイナンテ・ハミリ | フィリピン | 41 5 0 | 勝利 | 2R | TKO | WBCインターナショナルスーパーバンタム級王座決定戦 |
28 | 1999年9月17日 | メッグン・3Kバッテリー | タイ | 18 0 0 | 敗北 | 3R 1:32 | KO | 体重超過により王座剥奪 |
27 | 1999年4月24日 | ガブリエル・ミラ | メキシコ | 19 7 1 | 勝利 | 4R 2:45 | KO | WBC防衛1 |
26 | 1999年2月20日 | トッド・マケリン | オーストラリア | 7 4 0 | 勝利 | 3R 2:52 | TKO | — |
25 | 1998年12月4日 | チャチャイ・ダッチボーイジム | タイ | 32 1 1 | 勝利 | 8R 2:54 | TKO | WBC世界フライ級タイトルマッチ |
24 | 1998年5月18日 | 寺尾新 | 日本(八王子中屋) | 10 2 1 | 勝利 | 1R 2:59 | TKO | — |
23 | 1997年12月6日 | タノンディ・シンワンチャー | タイ | 勝利 | 1R 1:38 | KO | OPBF防衛1 | |
22 | 1997年9月13日 | メルビン・マグラモ | フィリピン | 勝利 | 10R | 判定3-0 | — | |
21 | 1997年6月26日 | チョクチャイ・チョクビワット | タイ | 勝利 | 5R 2:46 | KO | OPBF東洋太平洋フライ級タイトルマッチ | |
20 | 1997年5月30日 | アリエル・オーストリア | フィリピン | 勝利 | 6R | TKO | — | |
19 | 1997年4月24日 | 李旭基 | 韓国 | 勝利 | 1R 1:04 | KO | — | |
18 | 1997年3月8日 | マイケル・ルナ | フィリピン | 勝利 | 1R 1:56 | KO | — | |
17 | 1996年12月28日 | イ・サンユル | 韓国 | 勝利 | 2R 1:51 | TKO | — | |
16 | 1996年7月27日 | イッポ・ガラ | インドネシア | 勝利 | 2R | TKO | — | |
15 | 1996年6月15日 | バート・バティラー | フィリピン | 勝利 | 4R | TKO | — | |
14 | 1996年5月20日 | ジョン・メディナ | フィリピン | 勝利 | 4R | TKO | — | |
13 | 1996年4月27日 | マーロン・カリーリョ | フィリピン | 勝利 | 10R | 判定3-0 | — | |
12 | 1996年2月9日 | ルスティコ・トーレカンポ | フィリピン | 敗北 | 3R 0:29 | KO | — | |
11 | 1996年1月13日 | リト・トレホス | フィリピン | 勝利 | 5R | 負傷判定 | — | |
10 | 1995年12月9日 | ローランド・ツユゴン | フィリピン | 勝利 | 10R | 判定3-0 | — | |
9 | 1995年11月11日 | ロドルフォ・フェルナンデス | フィリピン | 勝利 | 3R | TKO | — | |
8 | 1995年10月21日 | レナト・メンドネス | フィリピン | 勝利 | 2R | TKO | — | |
7 | 1995年10月7日 | ロリト・ラロア | フィリピン | 勝利 | 8R | 判定3-0 | — | |
6 | 1995年9月16日 | アルマン・ロルシ | フィリピン | 勝利 | 3R | KO | — | |
5 | 1995年8月3日 | フラッシュ・シンバジョン | フィリピン | 勝利 | 6R | 判定3-0 | — | |
4 | 1995年7月1日 | デール・ダシアート | フィリピン | 勝利 | 2R | TKO | — | |
3 | 1995年5月1日 | ロッキー・パルマ | フィリピン | 勝利 | 6R | 判定3-0 | — | |
2 | 1995年3月18日 | ピノイ・モンテホ | フィリピン | 勝利 | 4R | 判定3-0 | — | |
1 | 1995年1月22日 | エドムンド・イグナシオ | フィリピン | 勝利 | 4R | 判定3-0 | プロデビュー戦 |
↓プロデビュー当時のパッキャオ
パッキャオの強さは今も健在?
輝かしく、かつ劇的なドラマばかりのパッキャオ選手の戦歴。70戦以上の豊富な経験だけでなく、戦歴の内容こそが強さと名声を裏付けているといわれます。メディアではこう評されます。
パッキャオが評価されている最大の理由は史上2人目である6階級制覇という数字より、世界王者の中でも超一流の選手を幾多の階級にわたって撃破(その多くは圧勝)してきた点にある。近年のボクシング界では、既に人気を確立したスター選手は世界タイトルを返上してでも、他の強豪選手・人気選手とのビッグマッチを優先させることが多くなってきているが、その象徴的な選手がパッキャオである。
:Wikipediaより
ケガで30代後半のとき一度は引退表明したものの、またリング復帰したパッキャオ選手。全盛期の優れたスピードとスタミナ、縦横無尽に動いて手数で圧倒するスタイルが衰え、09年から18年まで9年間もKO・TKO勝利がないなど決定力・爆発力に陰りが出てきたとの声もあります。
ただ昨年のブローナー、サーマン戦を見る限り、サウスポーの中間距離が得意なファイターぶりはいまだ健在。踏み込みは鋭く、手数・運動量も41歳とは思えない豊富さで、本人も「今年7月には試合をしたい。マイキー、スペンス、クロフォードら候補はたくさんいるよ」と意欲的だそうです。
パッキャオのプロフィール
本名 | エマヌエル・ダピドゥラン・パッキャオ | |
---|---|---|
通称 | Pacman(パックマン) Mexican Killer(メキシカン・キラー) The Destroyer(破壊者) | |
出身 | ブキドノン州キバウェ | |
国籍 | フィリピン | |
誕生日・年齢 | 1978年12月17日 | |
身長 | 166cm | |
リーチ | 170cm | |
アマ戦績 | 64戦 60勝 4敗 | |
プロ戦績 | 71戦 62勝(39KO)8敗 2分 | |
デビュー | 1995年 | |
経験階級 | 現・ウェルター級 ライトフライ級 - フライ級 スーパーバンタム級 スーパーバンタム級 フェザー級 スーパーフェザー級 ライト級 スーパーライト級 スーパーウェルター級 | |
利き手 | 左 | |
タイプ | サウスポー | |
KO率 | 54.93% | |
入場曲 | Survivor「Eye Of The Tiger」 | |
その他 |
さてそんなパッキャオ選手ですが、家族愛も人一倍。愛する息子もボクシングを目指しているというのは本当でしょうか。
https://www.instagram.com/p/B7yDXQPFZ2V/
パッキャオの息子もボクシング!強いの?
振り返るだけでもボクシングの歴史を感じるパッキャオ選手の戦歴。その彼も5人の子供の父親で、息子もボクサーを目指しているといいます。
海外メディアの報道によると、長男ジミュエル君が最近本格的にボクシング練習に打ち込んでおり、父親譲りのセンスを見せているとか。
ただ両親は猛反対。パッキャオ選手は「ボクシングは辛いから胸が痛む。妻も泣きながら『やめて』と懇願したよ。息子には『パパは貧乏だったからボクシングを始めたんだ。お前はボクシングをする必要がないんだよ』と伝えているんだが…」と困惑気味。
しかし息子の決意は固く「パパがボクシングを愛しているように、ボクシングは僕にとっての情熱なんだ」「ママは僕の夢を殺す気なの?」と反発。これには両親も折れ、態度を「軟化」し始めたそうです。
その後父は「息子は毎日練習して私の動画を見ているよ」とやや誇らしげ。ある家族の食事時には、妻ジンキーさんがインスタに以下のような動画をアップしていました。近い将来のリングデビューが楽しみですね。
↓つい熱心に息子を指導してしまう(?)マニーパパ
https://www.instagram.com/p/BubPFc-HgLE/

パッキャオ現在のみんなの評価
みんなの反応
アメリカのボクシング人気は凄い!マニー・パッキャオの年収…34億円!さすが怪物ボクサー
ネットの感想
マニーは国で貧困地域を回り、救済活動を勢力的にやっている。恩恵を国民に返したいと家千件も贈呈。これこそ国民に寄り添える本物の政治家でしょう。日本の首相に伝えたい
みんなの反応
日本テレビ「アナザースカイII」で白濱亜嵐が母の故郷フィリピンへ。亜嵐、パッキャオとの面会に大感激「歴史上の人物と会う感覚」
ネットの感想
フィリピンていったらパッキャオだよ。はー、すごいわ。大好き!
みんなの反応
人目無いから思いっきり咳したら肋骨パッキャオした
出典:twitter
まとめ
今回の記事をまとめると以下の通りです。
ここがポイント
- 世界の強豪ばかりなぎ倒し続けた戦歴誇るパッキャオ
- マルケス、デラホーヤ、メイウェザー…。壮絶失神負けも
- 息子もボクサー志望。反対しながらつい熱心指導するパパ
今年1月。16歳のプロデビューから25年がたち、感慨深くその時の初々しい写真をインスタにアップしたパッキャオ選手。
貧しさのあまり中学校を中退し、家計を助けるためフィリピンの路上でパンや花を売っていた少年が、今や世界の頂点に君臨し、母国の政治も手掛ける英雄に。
「人生が自分をここに連れてくるとは…」とパッキャオ選手。その存在は、世界の似た境遇の子供たちに限りない夢を与えているようです。
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